祖母との約束

祖母は実家から自転車で20分ほどのところに住んでおり、よく実家まで遊びに来てくれた。

家に来るのが楽しみだったし、祖母が帰るときは姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

幼い頃の私はよく戦争の話を聞いていた。
自分の知らない世界や出来事に興味があって仕方なかったのだろうか。
なぜそれに関心を示していたのかは全く覚えていない。
それでも祖母は自分の辛かった戦争体験をたくさん私に話をしてくれた。

 

大学入学前の頃、二人でご飯を食べに行った。
将来はどんな仕事をする?という話をしていたような気がする。
私は、

「国連に入って世界を平和にするわ」

と言った。
祖母はその時は「そうか~」と笑顔をくれただけだったが、その後母から聞いた話ではとても喜んでくれていたらしい。

 

嘘でも何でもなくその当時の私は本気で世界を平和にしたいと思っていた。
実際、大学一回生の時のクラス名簿に将来の夢に「国連」と書いていた。
別に国連で働きたかったわけではなく、世界を平和にする仕事=国連しか知らなかったからだ。
祖母から聞いていた戦争の話が影響していたことは言うまでもない。

 

しかし、その想いはどんどん風化していってしまった。

 

 

 

25歳の時、祖母を亡くした。

自分は中国に出張中だった。
出張する二日前に父から電話があり、

「おばあちゃんの命があと二か月ぐらい」と聞いた。
なので、出張が終わったらすぐ駆けつけるつもりだった。

 

ところが、祖母は二か月どころか一週間もしないうちにこの世を旅立った。
その知らせを姉からのメールで知った私は中国の出張先のホテルで愕然として涙を流した。

 

なぜ俺はその電話を受けた翌日にすぐに会いに行かなかったんだ。

 

出張から戻り、名古屋から大阪に戻る。
そこには祖母の姿はなく、遺骨しかなかった。
辛かった。
葬式にも何にも立ち会えなかった。
あれだけ良くしてくれた祖母に出張の前日にでも大阪に帰っていればさよならの挨拶もできたのに。
自分に無性に腹が立って、自分が嫌いになった。

どんな孫やねん。

こんな辛い想い二度としたくないと強く思った。
この心の傷は一生癒えない。

 

 

 

 

世界一周に出てたくさんの人達と触れ合って思い出した、祖母に誓ったあの言葉。

 

「世界を平和にする」

 

自分は人間としてどうやねんということもたくさんしてきたが、心の奥底にしまってあった粗削りな強い想いをようやく見つけた。

 

世界を少しでも良くしたい。
平和にしたい。
平和と言う意味は紛争解決という意味だけではない。
今なら言葉にできる。

社会的課題をビジネスで解決する。

人を笑顔にする。
世界を舞台に。
自分の能力を最大限発揮して、人々の生活を良いものにする。

 

そんな仕事に就く。

 

おばあちゃんと約束したから。